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  • 音楽

2016-04-10 更新

千変万化の表情を作るヴィオラ独奏と指揮 バシュメット、水戸室内管弦楽団と初の共演

3月末、小澤征爾総監督が演奏会後半で指揮をとった水戸室内管弦楽団(MCO)第95回定期演奏会サントリーホールでの東京公演が、熱狂的なスタンディングオベーションのなかで終演しました。

ベートーヴェン:交響曲第5番

 

演奏会をお聴きになった方は、前半で「指揮者なしのアンサンブル」、後半で「指揮者が率いるアンサンブル」という、MCOの「2つの顔」を体験されたことになります。
指揮者なしでの質の高いアンサンブルは、メンバー一人ひとりが高い実力の持ち主であり、しかもメンバー同士が厚い信頼の「絆」で結ばれているからこそ成り立つものです。
そしてこの「絆」の中心に立つ小澤征爾総監督が指揮者として加わったときのMCOの演奏については、もはや多言を要さないでしょう。

ただもうひとつ、より多くのお客様に体験していただきたいと思うMCOの演奏会があります。
それは、小澤総監督以外の指揮者とMCOとがコラボレーションを行う演奏会です。
最近では広上淳一氏ハインツ・ホリガー氏ナタリー・シュトゥッツマン氏らが客演していますが、毎回違った「化学反応」が起こり、それぞれに魅力のあるステージが生まれています。
数日をかけて入念にリハーサルを行うMCOだからこそ、指揮者の個性が演奏に明白に表れるように思います。

6月4・5日(土・日)に開催する次回の水戸室内管弦楽団第96回演奏会は、再び客演指揮者とのコラボレーションの回になります。
お招きするのは、ロシアを代表するヴィオラ奏者で指揮者でもあるユーリ・バシュメット氏。
ヴィオラ奏者としては、リヒテルやロストロポーヴィチ、クレーメルなどと名演を繰り広げてきた名手であり、指揮者としては、ロシア屈指の室内オーケストラである「モスクワ・ソロイスツ合奏団」を組織して世界各地を公演して名声を博している方です。
MCOとは今回初めて共演するバシュメット氏は、手練のMCOメンバーたちと、どんなステージを作り出すのでしょうか。どうぞご期待ください。

 

今回のプログラムは、バシュメット氏のヴィオラ独奏でお贈りする2つの協奏曲と、バシュメット氏が指揮をする2つの交響曲で構成されています。

最初に演奏されるのは、ハイドンの交響曲第83番 ト短調。「めんどり」というタイトルが付いていますが、この曲ほどタイトルで損をしている作品も珍しいのではないでしょうか? これはハイドン自身の命名ではなく、後世の人々が沢山あるハイドンの交響曲を識別するために付けたニックネームにすぎません。
第1楽章の途中で登場する旋律がニワトリの鳴き声を思わせるということで、この名前で呼ばれるようになったのですが、先入観にとらわれずに聴いていただければ、きっと印象は変わることでしょう! 第1楽章冒頭で提示されるスピード感のある主題などは、この曲と同じト短調で書かれたモーツァルトの2つの交響曲のうちの交響曲第25番(小ト短調)の第1楽章(映画『アマデウス』で使われて有名)を思わせますし、第2楽章は同じくモーツァルトの交響曲第40番(大ト短調)の第2楽章を連想させます。とても情感豊かな音楽なのです。

モーツァルトを連想させる音楽といえば、今回演奏されるもう一つの交響曲、シューベルトの交響曲第5番も、第3楽章のメヌエットがモーツァルトの交響曲第40番の第3楽章を意識して作られたのではないかという説のある作品です。

ハイドンの第83番とシューベルトの第5番、どちらも規模の大きな作品ではありませんし、ハイドンにもシューベルトにももっと有名な作品があることは否定できませんが、だからといって聴かずにいるのは勿体ないほど、エレガントで均整美を備えた佳曲なのです。
これらの作品をバシュメット氏がどのように“味付け”するのか、演奏会を楽しみに待ちましょう!

© Oleg Nachinkin

 

ところで、“味付け”という言葉を使いましたが、バシュメット氏の指揮の“味付け”を一言で表すなら、「濃厚」という言葉に集約されるでしょう。
たっぷりと強弱、緩急をつけて揺れ動く激情的な表現が持ち味です(これについては『モーストリー・クラシック』5月号の渡辺和彦氏の記事をご参照ください)。

千変万化の豊かな表情は、バシュメット氏の故国ロシアの、特にチャイコフスキーをはじめとするロマン派の音楽の醍醐味でもありますが、これは同時に、ヴィオラという楽器の特徴にも相通じるように思われます。

© Oleg Nachinkin

ヴァイオリンやチェロはどの楽器もほぼ変わらないサイズであるのに対して、ヴィオラの大きさは楽器によってまちまちです。
それもそのはずで、もとをただせば「ヴィオラ」という言葉は弦楽器の総称でした(ちなみに「ヴァイオリン」は「小さなヴィオラ」を意味する「ヴィオリーノ」に由来します)。オーケストラのなかでもヴィオラは、ヴァイオリンと一緒に奏でたり、チェロと一緒に奏でたり、あるいは他の楽器が演奏していない内声を補ったり、様々な役割を持ちます。
だからこそ、バシュメット氏は次のように語るのです。

「ヴィオラがいったいどういうものなのか、はっきり答えられる人はいまい。定義づけできないのだ。本当に何なのだろう? ヴィオラは音ひとつをとっても千差万別で、決まった「型」から作られているとは思えない。目を閉じて聴いてみると、時にはヴァイオリンの音、時にはチェロの音、と毎回少しずつ違って聴こえる。ヴィオラは謎めいたミステリアスな楽器。しかしその困難な面を克服し仲良くなると、ヴィオラはシンデレラのように姿を変えてみせる。」
(『バシュメット/夢の駅』小賀明子訳(アルファベータ、2005年)、86頁)

ヴァイオリンの音にもチェロの音にも、まるでシンデレラのように変身する楽器、ヴィオラ。その魅力は、今回、バシュメット氏がソリストとしてMCOと共演する2つの協奏曲でも、たっぷり堪能できるはずです。
パガニーニのヴィオラ協奏曲は、もともとヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ギターのために作曲された室内楽曲の一つを後世にヴィオラ協奏曲として仕立て直した作品。この協奏曲版ではもちろん、原曲でも、ヴァイオリンの鬼才パガニーニの作品としては珍しく、ヴィオラが主旋律を奏でてアンサンブルの主導権を握ります。この曲でのヴィオラは、音楽をリードするヴァイオリンのような音に聴こえるはずです。
他方、ブルッフの〈コル・二ドライ〉は、もともとチェロと管弦楽のための作品。ユダヤ教の聖歌にもとづく旋律をヴィオラがチェロのような深みのある音調で歌います。

千変万化の表情を作るバシュメット氏のヴィオラと指揮。MCOとのコラボレーションによって、どんな演奏が生み出されるのか、心待ちにしようではありませんか。

『vivo』2016年5+6月号より)