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2021-02-11 更新
特別寄稿笙奏者・宮田まゆみさん(伶楽舎音楽監督)
「ショウトラシオン」、「ショウトラシオン」、「ショウトラシオン」
三返唱えると素晴らしい音楽が響き渡り……
〈招杜羅紫苑(しょうとらしおん)〉。3月13日に水戸芸術館で皆さまにお聴きいただく芝祐靖作品のひとつ、第二部で演奏される組曲のタイトルです。七曲から成る大きなこの組曲は 1980年に「十二音会」の委嘱により作曲され、その後私たち伶楽舎も何回も演奏させていただいています。
「招杜羅大将」は薬師如来を守る十二体の勇ましい武将たち「十二神将」の中の一体です。薬師如来を本尊とする全国各地の寺に、まさに薬師如来像を守るような配置で安置されていますが、その中でも奈良・新薬師寺の、国宝にもなっている等身大の大迫力の像たちがよく知られています。日本最古の十二神将像だそうです。
(左写真:新薬師寺所蔵招杜羅大将像/写真提供:新薬師寺)
奈良にルーツをお持ちの芝祐靖先生はお寺の散策や仏像の拝観などがお好きだったと伺っています。管絃のための即興組曲作曲の折に、第三曲目に「招杜羅大将」を取り上げられ、その仏像が淡紫色に彩られていたので「招杜羅」とむらさき色を表す「紫苑」を繋げて「招杜羅紫苑」とし、それを組曲全体のタイトルにもなさったとのことです。
曲が誕生した1980年、自分のことで恐縮ですが、私は雅楽を習い出して2年経つか経たないかという頃でした。「招杜羅紫苑」という作品のタイトルを初めて耳にした時、「ショウトラシオン」という音だけが印象深く耳に残り、それは「ショウトラ・シオン」ではなく「ショウト・ラシオン」と聞こえ、耳慣れない異国の言葉のような印象で、まるで何かのおまじないのように響きました。新薬師寺の十二神将は学生時代に拝観していたのですが、十二体それぞれのお名前は知りませんでした。それで、組曲が始まると素晴らしい音楽が流れてくるのですから、「ショウト・ラシオン」という言葉は耳を離れず、曲名の由来を伺ったあとでも、何年も、私の中では三回唱えると美しい音楽が響く呪文のことばとなっていました。
芝作品には素敵なタイトルがいくつも見出せます。
〈巾雫輪説(きんかりんぜつ)〉という曲も美しい名前です。「輪説」は箏の華やかな自由奏法。「巾」は箏で一番高い音を出す絃の名前で、その澄んだ高音から生まれる朝露の「雫」が木の葉からしたたり「幹を湿らして岩にしみ、やがてせせらぎとなって川にそそぎ、海に至る(芝祐靖)」という設定のとても美しい曲です。
「輪説」という名前は2016年に国立劇場50周年記念演奏会で十二音会によって初演された〈雉門松濤楽(ちもんしょうとうらく)〉の第三章〈玉手輪説(ぎょくしゅりんぜつ)〉にも見られます。ご自身の解説を読みますと「玉手」は「箏を奏でる女性の手を指します」とのこと。国立劇場は宮城(きゅうじょう)の南西にあり、城の南門を「雉門」といい、石垣の松林と濠を吹く風を「松濤」として、平安時代の管絃の遊びで箏を奏でる女性たちとその華やかな奏法に想いを馳せる。なんとも美しいタイトルです。
2008年に作曲された〈舞風神(まいふうじん)〉という曲があります。この作品はニューヨークと福島を拠点として数々の意義ある音楽祭を展開している「ミュージック・フロム・ジャパン」の35周年のお祝いのために新作されました。「風神」は天空を駆ける風の神。三十三間堂の、今にもつかみかかりそうな「風神・雷神像」がよく知られています。「舞風神」の曲も、エネルギーに満ちた風神の舞を思わせます。エネルギーに満ちた活動を続ける「ミュージック・フロム・ジャパン」にぴったりの曲ですが、そのタイトルを「Music From Japan」の頭文字「M・F・J」をとって「Mai・Fu・Jin」となさったと気がついた時、びっくり仰天、名付けの素晴らしさに圧倒されました。
2019年7月に芝祐靖先生が他界されてから1年半経ちますが、芝作品の演奏の機会はますます増え、そのたびに新しい発見をし、大きく豊かな音楽に感動を新たにしています。
皆さまに芝祐靖作品を大いに楽しんでいただけるよう、一同稽古に励みます。
文:宮田まゆみ(みやた まゆみ)
笙を国際的に広めた第一人者。古典雅楽はもとより、現代音楽、オーケストラとの共演などにより、笙の多彩な可能性を積極的に追求している。紫綬褒章受章。国立音楽大学招聘教授。伶楽舎音楽監督。